VTVジャパン テレビ会議教科書

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9.1 通信ネットワークの特性とテレビ会議端末

1) ネットワークの変遷

 通信ネットワークは,テレビ会議システムにとって所与の条件となっていて,その環境を形成します.これは,テレビ会議システムの市場規模が小さいが故に受け入れざるを得ない事態です.
 歴史的には,1960年代のテレビ電話システム開発のように,新たにテレビ電話に適したネットワークを構築する,というアプローチの取られたことがあります.第2.3.4項で述べましたように,テレビ電話は電話を置き換える,すなわち巨大な市場規模が期待できる,と想定されたからです.後に,同じアプローチで,テレビ会議を含む多様な広帯域通信サービスを対象に広帯域通信網が企画,実験されたことがありました[9-1].しかし,いずれの場合も実需要が伴わず,テレビ電話,テレビ会議は他の目的で構築されたネットワークを活用することになったのです.
 テレビ会議システムで利用されてきたネットワークの種類とビットレートを図9-1に示します.

図9-1 テレビ会議システムのためのネットワーク
図9-1 テレビ会議システムのためのネットワーク

ディジタル網と映像の高能率圧縮符号化が登場した1980年代にテレビ会議システムが広く使われるようになりました.各時代に利用可能になったネットワークの種類とビットレートを示しています.大きな流れはディジタル専用線からISDNへ,更にIP網と移動網へと主力ネットワークは推移してきました.

 1980年代はアナログからディジタルへの変革が進んだ時期で,最初はディジタル専用線が利用されました.企業内の事業所間を最大でディジタル2次群速度の6.3 Mbit/sで結ぶサービスです.ただし,専用線ですので設備の全てを利用者が負担するため高価にならざるを得ません.次に1980年代末にディジタル回線交換サービスであるISDN (Integrated Services Digital Network)が登場します.これは64 kbit/s単位に最大1.5 Mbit/sまでの速度が利用できる汎用的なネットワークです.テレビ会議システムにとっても,映像符号化技術の進展でたとえば384 kbit/sで実用に耐える品質が実現できるようになりましたので,親和性の高いネットワークと言えます.
 ISDNの広帯域版B-ISDN (Broadband ISDN)は,156 Mbit/sあるいは622 Mbit/sのユーザ・網インタフェースを通じ高品質映像など広帯域サービスを提供するネットワークで,テレビ会議システムにとっては期待の大きいネットワークでした.しかしインターネットの急速な広帯域化により,1990年代終わりからはIPパケット交換網がネットワークインフラの主力となり,B-ISDNは立ち上がることなく消えてゆきました.その大きな技術的要因は,IPパケット交換網が低ビットレートから高ビットレートまでの多様なトラフィックを扱いうる柔軟性,小規模ネットワークから大規模ネットワークまで扱いうる拡張性を有していることです.また,インターネットには大学関係者を中心に熱烈な支持者が多数いたことも急速な技術の進展をもたらした要因です.産業的には,IPパケット交換網が電話サービスを巻き取っていったことが流れを変えた,と言えます.
 もう一つ1990年代に起きた変革は,移動網の急速な発展です.携帯電話の普及に支えられてのことですが,ディジタル回線を提供することにより,最初は低ビットレートのインターネット・アクセス回線として利用されていましたが,2000年以降は,移動網自身の広帯域化で映像をも扱うことができるようになりました.
 2015年現在,インターネット・アクセスの主力は有線系ではFTTH (Fiber To The Home),無線系ではBWA (Broadband Wireless Access, IEEE 802.16)で,双方とも数10 Mbit/s以上のアクセス速度を提供しています.
 図9-1には有線,無線を統合したIP網としてNGN(Next Generation Network, 次世代ネットワーク)[9-2]を記しています.これはQoS (Quality of Service)制御などを入れたテレコム・キャリア版のIP網で,ITU-TによるY.2000シリーズ[9-3],Q.3000シリーズ[9-4]標準化が行われ,NTTのサービスはフレッツ光ネクスト[9-5]として提供されています.

図9-2 各種ネットワークとH.300シリーズシステム
図9-2 各種ネットワークとH.300シリーズシステム

テレビ会議を含むオーディオビジュアル通信システムの標準は,利用可能なネットワークに着目して進められてきました.このため,ITU-Tでは多くのH.300シリーズ標準を作成しています.現在では,H.320,H.324 Annex CとH.323が市場で使われています.

アナログ電話網で動作するH.324[9-6]システム

 古典的なアナログ電話網はGSTN (General Switched Telephone Network)あるいはPSTN(Public Switched Telephone Network)と略称されます.提供されるチャネルはアナログ電話音声帯域(300〜3400 Hz)ですが,端末にモデムを設置することにより33.6 kbit/sまでのディジタル回線交換ネットワークとして使うことができます.H.324システムは低ビットレートの音声と映像により,小形のテレビ電話を提供することが想定されていました.

移動網で動作するH.324 Annex Cシステム

 携帯電話回線は,第二世代では9600 bit/sでオーディオビジュアル通信には無理でした.第三世代では静止時に2 Mbit/s以上,歩行時には384 kbit/s以上のビットレートがサービスできるようになりましたので,テレビ電話やテレビ会議も実用可能となりました.H.324を基に,無線特有の伝送誤り対策など加え1998年2月にH.324 Annex C(H.324/Mとも呼ばれる)が作られました.

N-ISDNで動作するH.320[9-7]システム

 N-ISDNはNarrowband Integrated Services Digital Networkの略で,INSネットサービスはNTTの商品名です.既存の電話加入者線を通じ,2本の64 kbit/sチャネル(Bチャネル)を提供します.これは基本アクセスと呼ばれます.64 kbit/sディジタルチャネルの通信料は電話とほぼ同じで,電話と比べ2倍の通信料でテレビ電話ができることになります.そのほか,光ファイバ加入者線による64 kbit/s 24チャネルあるいは1536 kbit/sチャネル提供のメニューもあり,1次群アクセスと呼ばれます.

QoS保証LANで動作するH.322[9-8]システム

 通常のLANのほかに,IEEE標準 802.9a ISLAN16-T[9-9]のようにイーサネットのインタフェースに加えてN-ISDNと同じインタフェースを提供するLANもあり,こちらはQoS保証LANと呼ばれます.

IPパケット交換網で動作するH.323[9-10]システム

 当初イーサネットを典型例とするQoS非保証LANを対象にH.323システムの標準化が行われ,後に対象はインターネットを含むIPパケット交換網に一般化されました.いずれもベストエフォット(best effort)形のネットワークであることが特徴です.転送網として見たIP網の最大の特徴は,物理的なネットワークがGSTNであれLANであれATMであれ,多様な媒体の上で動作し得ることと,IPパケットという共通のインタフェースにより地球規模の接続性を実現していることです.

B-ISDN/ATM-LANで動作するH.310[9-11], H.321[9-12]システム

 B-ISDNあるいはATM-LANは,53バイトの短い固定長パケットで全ての情報を送るATM (Asynchronous Transfer Mode)技術に基づくネットワークです.現在では歴史的意義しか残りませんが,そのうえで動作するオーディオビジュアル通信システムとしてATMネイティブのH.310と,H.320をエミュレートする(H.221マルチメディア・多重化とその上位レイアがH.320と共通な)H.321が作られました.

3) オーディオビジュアル通信システム標準化の系譜

 ITU-T H.300シリーズ以外のシステム標準も含め,どの時期に標準化作業が行われ,いつ初版が発行されたか,その後,何時改訂されたかを図9-3に示します.

図9-3 オーディオビジュアル通信システム標準化の系譜
図9-3 オーディオビジュアル通信システム標準化の系譜

各システム標準作成の作業時期,初版発行時期,その後の改版時期を示しています.新たなシステム標準を作るには数年の作業期間を要することが分かります.改訂が多い標準は,それだけ市場で使われ,機能拡張や誤りの訂正要求など利用者からのフィードバックがあることを意味しています.

 最初に描かれているのはアナログ伝送によるテレビ電話システムの標準化作業です.出来上がったH.61[9-13](後にH.100[9-14])は枠組みを記述した標準で,システムの細部を定める前にディジタル時代が到来し.存在意義を失いました.次のディジタル1次群専用線の上で動作するシステムについては,標準擬似接続を記したH.110[9-15],映像codecを規定したH.120[9-16],マルチメディア多重化のフレーム構成を規定したH.130[9-17]が作られましたが,こちらも次のH.320登場とともに役目を終えました.
 最後の二つはITU-Tの標準ではなく,SIP[9-18]はIETFの標準,JJ-40.30[9-19]はTTC標準です.SIPは第8.1.1 項3)で説明しましたように,厳密にはシステム標準ではなく呼制御と能力交換,通信モード決定からなるセッション開始プロトコルですが,ここでは便宜上SIPの制御に基づくシステムをSIPシステムと呼びます.JJ-40.30はH.323と同様,全体システムを規定しています.
 図9-3からもテレビ会議システムにとって通信ネットワークの利用可能性が支配的なことがわかります.2015年現在,IP網,移動網,ISDNが「現役」で,なかでもIP網が主力であることは,標準の改訂頻度が表しています.
 余談ですが,筆者は1975年頃から現在(2015年)まで,ITU-TとTTCにおけるオーディオビジュアル通信システムの標準化に関心を持ち,1984年〜2008年の間は作業グループを率いる立場にいました.図9-3を見ていますと,そこに出て来る全てのシステム(SIPを除く)に何らかの関わりがありましたので,自らの職業人生活を表しているような気分になります.成功も失敗も詰まっている歴史です[9-20].