8.2.2 H.323システムの呼制御
H.323システムの呼制御プロトコルはITU-T H.225.0[8-45]で規定されます.その内容は大きく次の二つに分かれています.
- RAS (Registration, Admission, and Status)プロトコル -- 端末とゲートキーパ間の信号を規定し,端末の登録,通信を許可するアクセス制御,アドレス変換するアドレス解決が主な機能です.
- CS (Call Signalling)プロトコル -- 端末間で直接,あるいはゲートキーパ介在でやり取りされる呼制御信号を規定します.
ここでゲートキーパ(Gatekeeper, GK)は,第9.4節で詳述しますが,H.323システムに特徴的な要素で,ISDNの交換機信号処理部分のような機能を果たします.なお,ゲートキーパでメディア信号を処理することはなく,メディア情報はRTP/UDPにより直接端末間(あるいは端末と,通信機能の点で端末と同等の存在であるゲートウェイやMCUとの間)で送受信されます.
RAS信号はマルチキャスト(送信メッセージが域内の特定全受信者に送られる機能)の必要なメッセージがあること,ゲートキーパでの処理が軽いことからUDPで送られるのに対し,CS信号は誤りのないデータ転送を保証するTCPで送られます.UDPにはヘッダにメッセージの区切りを識別するUDPヘッダ長のフィールドがあるのに対し,TCPには同等のフィールドはありませんので,第8.1.1項2)のH.245メッセージ転送の所で述べましたTPKTヘッダが付けられます.
1) 代表的な呼接続の流れ
H.323システムでは,端末がどのゲートキーパに所属するかにより,次のような多様な呼接続形態が可能です(H.323[8-4]第8.1節参照).
- どちらの端末もゲートキーパに登録されていない直接呼接続
- 両端末とも同じゲートキーパに登録されていて直接呼接続
- 両端末とも同じゲートキーパに登録されていてゲートキーパ経由呼接続
- 発呼端末のみゲートキーパに登録されていて直接呼接続
- 発呼端末のみゲートキーパに登録されていてゲートキーパ経由呼接続
- 着呼端末のみゲートキーパに登録されていて直接呼接続
- 着呼端末のみゲートキーパに登録されていてゲートキーパ経由呼接続
- 両端末が別々のゲートキーパに登録されていて直接呼接続
- 両端末が別々のゲートキーパに登録されていて発呼側直接呼接続,着呼側ゲートキーパ経由呼接続
- 両端末が別々のゲートキーパに登録されていて発呼側ゲートキーパ経由呼接続,着呼側直接呼接続
- 両端末が別々のゲートキーパに登録されていて発呼側も着呼側も直接呼接続
- 両端末が別々のゲートキーパに登録されていてゲートキーパ間通信を利用して発呼側も着呼側も直接呼接続
ここで直接呼接続(Direct Call Signalling)とは,H.225.0呼接続信号が中継なしで送受信される場合,ゲートキーパ経由呼接続(Gatekeeper Routed Call Signalling)とは呼接続信号が一旦ゲートキーパで中継される場合を示しています.この違いはARQ/ACF (Admissions Request/Confirm)メッセージのCallModelフィールド値directあるいはgatekeeperRoutedで表現されます.
代表的な形態として,双方の端末が同じゲートキーパに登録されていてゲートキーパがCS信号の直接送受信を選んだ場合(上記b.の場合)の,RAS信号,CS信号を図8-19に示します.
全てが順調に行った場合の呼制御信号の流れです.まずEP1はGKに対しRASメッセージのARQで通信許可を求め,続いてCSメッセージSetupをEP2に送り呼接続します.EP2は呼接続に応答するのであればGKにRASメッセージARQで通信許可を求めます.成功すればEP1にCSメッセージConnectを返します.この後,H.245メッセージによる能力交換に進み,メディア信号の送受信が行われます.H.323システムでは各ステップで次のステップに必要なアドレス情報を伝える仕組みをとっています.
2) RASメッセージ
代表的なRASメッセージを図8-20に示します.端末・ゲートキーパ間で何らかのRequestメッセージが送られると,その応答として受け入れる場合はConfirmメッセージが,拒否の場合はRejectメッセージが返されます.各メッセージの詳細はASN.1表記されています.ARQメッセージの表記例を図8-21に示します.
このうち,登録可能なゲートキーパを探すGRQ (Gatekeeper Request)やアドレス解決を要求するLRQ (Location Request)はマルチキャスを利用して送られる場合があります.
H.225.0が定義するRASメッセージは32個ありますが,ここではそのうちの23個とその機能を示しています.例えばARQ (Admissions Request)を受け取ると正常時はACF (Admissions Confirm)を返し,何らかの理由で応答できない場合はARJ (Admissions Reject)を返します.
各メッセージにはH.225.0固有のパラメータが付随します.その仕様はASN.1で表記され,通信チャネルを流れるときは符号化された2進符号の形を取り,効率よく送られます.ASN.1では小文字で始まる構成要素を順に示し,一つの構成要素がそこで完結する場合もあれば(例えばactiveMCはBOOLEANタイプなので0か1で与えられる),大文字で始まる要素の場合(例えばRequestSeqNum)さらに複数の構成要素からなる構造になっていて,他のメッセージでも共通に使われます."..."の要素は,拡張を示す要素で,最初はこれより前の要素が仕様に書かれ,後に必要が生じた要素は拡張マークの後ろに加えられます.ASN.1の拡張性を特徴付ける要素です.
3) CSメッセージ
H.323システムのための呼制御が検討された1995〜1996年には,既にISDNのための呼制御プロトコルQ.931[8-42]は確立していましたので,その回線交換部分の規定をH.225.0[8-45]でも適用することとなりました.ISDNの主力は回線交換網サービスであるのに対しH.323はパケット網で動作するシステムではありますが,想定されたVoIP (Voice over IP)やテレビ会議は回線交換的なサービスであり,H.323端末とISDNの上で動作する電話やテレビ会議端末との相互接続も要求条件の一つとなっていたことが理由です.
但しQ.931にはISDNに固有の"bearer capability"などH.323システムには該当しない情報要素がありますが,ISDNとの相互接続のためにそのままH.225.0でも使われています.
H.225.0ではTable 5で,H.323システムにとって各Q.931メッセージが必須/オプション/禁止のいずれであるかを定めています.
H.323システムに固有の制御情報は,新たにH.225.0でASN.1の表記で定義され,Q.931メッセージのUUIE (User - User Information Element)に入れられます.この構造を図8-22に示します.
H.225.0固有の呼接続情報は,ASN.1表記,符号化され,SETUPなどQ.931定義メッセージのUUIE (User-User Information Element)として挿入されます.
4) GEF (Generic Extensible Framework)
H.323システムが市場で使われるようになるにつれ,サービス性向上のため,いろいろな機能拡張が提案されました.それに応じ,通信制御プロトコルの改訂が必要になってきて,当初は基本となる勧告H.225.0に追加をしていたのですが,追加の数が増えてくると作業の手間と管理が問題になってきました.エンド・エンド間通信制御のH.245拡張に際し,第8.1.2項2)で説明しましたgeneric capability定義の方法を導入したのと同じように,H.225.0の呼制御についても,GEF(文字通りは汎用的拡張の枠組みを意味します)が導入されました(H.323[8-4]第7.9節).