VTVジャパン テレビ会議教科書

テレビ会議教科書 VTVジャパン株式会社

8.1.4 遠隔カメラ制御

 テレビ会議では複数の参加者がいますので,カメラを振ったり特定の人をズームアップして撮影したいというのは,自然な要求条件で,1970年代ごく初期のテレビ会議システムでもカメラ視野制御の機能は組み込まれていました[8-25][8-26].このカメラ制御を相手会議室のカメラにも適用することは,見たい部分を見えるようにするという意味で合理的なようでもありますが,一方で見せたくない部分までも覗かれるのではないか,との不安が伴います.テレビ会議の場合,多くは同一の会社など同一組織内で使うことから,プライバシーに関する不安は比較的少ないと言えます.

 米国(PictureTel社)は1992年11月,遠隔カメラ制御の標準案をCCITT(1993年3月からはITU-T)に提起しました.この提案は受け入れられ,1994年11月にITU-T H.224[8-27],H.281[8-28]という二つの勧告が成立しました.H.224はH.221フレーム構成で用意されるデータ伝送チャネルを通じて,遠隔カメラ制御などのアプリケーションとコマンドなどの信号をやりとりするデータ・リンク・レイヤ(Data Link Layer, DLL)プロトコルで,H.281は遠隔カメラ制御に必要な制御コマンドなどの信号を定義します.

1) データ・リンク・レイヤのプロトコルH.224

 リアルタイム・アプリケーションの遠隔カメラ制御では,コマンドを送ると遅滞なくカメラが動作しなければなりません.テレビ会議の利用者がボタンを押してその反応が遅いと使いづらいシステムになってしまいます.アプリケーションのデータが素早く届くことがH.224への要求条件です.このためH.224フレーム(フレームはパケットと同義)は片方向に送られるだけで,受信確認は戻されません.送ったデータに誤りがあるか否かはFCS (Frame Check Sequence)で判断され,誤りがあればそのフレームのデータは破棄されます.

 H.224プロトコルは,ISDNのシグナリング情報を運ぶQ.922[8-29]のUnnumbered Information (UI)フレームに基づいています.

 H.224の下位レイヤはH.221が定義するデータチャネルLSD (Low Speed Data)あるいはHSD (High Speed Data)で提供されるビットパイプ(ビットを運ぶ土管になぞらえて)です.LSDあるいはHSDの各ビットレートでH.221フレームのどこのビット位置が使われるかは決まっています.例えば4800 bit/sのLSDでは,第7.2.3項の図7-7に示されるD1〜D48のビット位置です.

 H.224の上位レイヤは遠隔カメラ制御のアプリケーションで,その制御コマンドなどの情報は図8-10に示すH.224フレームに包んで送られます."Client Data Octets"が可変長整数オクテット数の遠隔カメラ制御信号で,この部分が上位レイヤに渡されます.その前後はフラッグ,Q.922アドレス,データ・リンク・ヘッダ,FCSが置かれています.データ・リンク・ヘッダの宛先端末アドレス,送信元端末アドレスはマルチポイント通信に参加の端末に固有のID(MCU番号と配下の端末番号からなる)です.ポイント・ポイント通信では宛先と送信元は自明ですので,このアドレス情報は使われません.

図8-10 H.224フレーム構成
図8-10 H.224フレーム構成

ISDNのシグナリング情報を伝送するためのフレーム構成規定Q.922の仕様を用いています.最初のFlagと最後のFCS,フラッグに挟まれた部分がH.224データで,アドレスを示すフィールド,データの優先度フィールドほかを含むヘッダに続き,可変長の整数個オクテットからなる遠隔カメラ制御信号をペイロードとします.

2) 遠隔カメラ制御プロトコルH.281

 ITU-T H.281の設計思想は,遠隔カメラ制御のスタート,ストップ信号を定義し,どこでストップするかは映像を見ながらテレビ会議の利用者が決めることです.制御対象は,カメラ動作に一般的なPan, Tilt, ZoomにFocusです.なお,Pan, Tilt, Zoomは合わせてPTZと呼ばれ,さらにFocusを加えてPTZFと呼ばれます.そのほか,遠隔の送信映像源を指定してその情報を受け取る(例えば参加者像を送るメインカメラのほかに高解像度静止画を送るドキュメントカメラが設置されている場合)制御,現在のカメラのPTZF設定を番号付けして記憶し起動する制御が対象になります.

 H.281は次の動作コマンドを定義しています.

  • START ACTION -- カメラのPTZF設定動作を始める
  • CONTINUE ACTION -- カメラのPTZF設定動作を続ける
  • STOP ACTION -- カメラのPTZF設定動作を止める
  • SELECT VIDEO SOURCE -- 映像送信源を切り替える
  • STORE PRESET -- カメラのPTZF設定を記憶させる
  • ACTIVATE PRESET -- 記憶したカメラのPTZF設定を動作させる

 H.281制御コマンドの信号形式をSTART ACTIONの場合について図8-11に示します.

図8-11 H.281
図8-11 H.281 "START ACTION"制御信号

H.281遠隔制御信号の形式をSTART ACTIONについて示します.この制御信号では,カメラのPTZF制御開始をビットのon/offと有効期間Timeoutで示しています

3) H.323システムにおける遠隔カメラ制御

 H.320システムの遠隔カメラ制御では,上記のH.281/H.224プロトコルがH.221データチャネルで動作しますので追加の規定はありません.H.323システムでも,H.281/H.224プロトコルが適用されることは変わりませんが,全ての情報がIP網を通じてやり取りされるため,次の修正が必要です.詳しくはH.323[8-4] Annex Qに記述されています.

  • H.281/H.224の下位レイヤは,RTP/UDP/IPです.このためH.224データをパケット化する規定が必要で,H.323 Annex Qでは図8-10に示しました情報要素のうち,最初のフラッグ,FCS,終わりのフラッグを除いた部分をRTPペイロードとします.
  • RTPヘッダにPT値が必要です.これはダイナミックPT値を用い,H.245論理チャネル開設信号で通信相手に伝える値を用います.
  • H.224能力を表すOIDがH.224第11章で{itu-t(0) recommendation(0) h(8) 224 generic-capabilities (1) 0}と与えら,ペイロード・タイプの記述フィールドには,これを記します.
  • RTPヘッダのタイムスタンプ値は8 kHzクロックの値を用います.
  • 遠隔カメラ制御プロトコルをサポートしていることは第8.1.2項で説明しましたH.245ジェネリック・ケイパビリティで能力表示されます.

4) SIPシステムにおける遠隔カメラ制御

 基本的にH.323 Annex Qに記載の方法で行います.ただし,SIPシステムでは能力交換はSIPメッセージ中に埋め込みのSDPで行いますので,RFC 4573[8-30]にペイロード・タイプ情報が次のように記され,IANAに登録されています(第7.3.3項の図7-12最初の行参照).

  • Media Type: application
  • Subtype: h224
  • Clock Rate: 4800 Hz

またSDPオファー・アンサー・モデルの規定もRFC 4573に記されています.