7.2.2 H.221マルチメディア多重化
電話ネットワークのディジタル版がISDN(Integrated Services Digital Network,サービス総合ディジタル通信網)で,第2.3.8項で触れましたように,64 kbit/sを単位とするチャネルを提供します.テレビ会議でこのISDNを利用するための規定は勧告ITU-T H.320[7-3]に,マルチメディア多重化の方法は勧告ITU-T H.221[7-4]に記述されています.ISDNが電話文化を継承する回線交換網であることから,マルチメディア多重化はビット多重の方式です.
64 kbit/sチャネルに対するH.221フレーム構成を図7-4に示します.ビット列を8ビット(125μs,8ビットをオクテットと呼ぶ)毎に区切り,これを80個集めて640ビットで1フレーム(10 ms)を構成します.送信側ではフレームの区切りを示すために同期信号FAS (Frame Alignment Signal)を埋め込み,受信側では同期信号を検出して,同期信号との相対位置で各ビットがどのメディアに対応するかを識別します.H.221では,さらに図7-5に示しますように16フレームからなるマルチフレーム構造を定義し,必要な場合は160 ms周期の信号伝送を可能としています.
64 kbit/sチャネルの80オクテット(640ビット,10ms)をマルチメディア多重ができるよう,構造化しています.基準になるのはFAS信号で,これにより640ビットの1ビットずつを識別できます.BASは通信制御のためのコマンドなどの情報を送るチャネルを構成します.あるコマンドが送られると,次のサブマルチフレームの先頭から有効になります.
H.221ではフレーム(10 ms)あるいはそれを2個重ねたサブマルチフレーム(20 ms)の上に,16フレームからなるマルチフレーム,さらに16マルチフレームからなるスーパマルチフレームを設ける仕組みがFASに用意されています.
1) 同期信号FAS (Frame Alignment Signal)
FASは,図7-4における第8サブチャネルの第1〜8オクテット位置(フレーム内では第8, 16, .., 64ビット)を占め,フレーム,サブマルチフレーム,マルチフレーム同期のための符号,CRC (Cyclic Redundancy Check,巡回冗長検査)符号,同期はずれ表示符号を含みます.
FASの詳細を図7-4右側に示します.同期符号は偶数フレームの7ビット(FASの第2〜8ビット)'0011011'と奇数フレームの1ビット(FASの第2ビット)'1',合計8ビットで構成されます.偶数フレームの最初の同期ビットと奇数フレームの同期ビットが反転しているのは,他の信号による同期符号のエミュレーション(擬似同期)を避けるためです.
Aビットは,自己の受信するマルチフレーム同期が確立し通信制御コマンドを送るBAS (Bit-rate Allocation Signal,ビットレート割り当て信号)の解釈が可能か否かを相手側に知らせるためのものです.
C1〜C4は4ビットCRC(Cyclic Redundancy Check)のためのビットで,回線品質のモニタに使われるほか,通信信号の中にフレーム同期と同じパターンが存在してその位置にフレーム同期が誤って引き込んだ状態から抜け出すためにも使うことができます.
FASの第1ビットは,マルチフレームによって拡張され,16マルチフレーム(= 256フレーム)からなるスーパーマルチフレームを構成することができます.
2) 制御符号BAS (Bit-rate Allocation Signal)
マルチメディア多重のためのフレーム内ビット配置の指定とその切り替えは,第8サブチャネルの第9-16オクテット位置(フレーム内では第72, 80, .., 128ビット)に配置されたBAS (Bitrate Allocation Signal)符号で行われます.
BASの物理的な符号は8ビットで構成されます.BASコードが誤るとシステム全体の動作が送受で不整合となるため,8ビット符号に8ビットのパリティをつけ2ビット誤り訂正を行なって保護します.すなわち(17,9)巡回符号の1ビット短縮系を適用しています.情報は偶数フレームで,パリティはそれに続く奇数フレームで送信されますので,1個のBASコードの伝送には20 msを要します.すなわち,BASコードは400 bit/sの通信制御チャネルの役割を果たします.回線のランダム誤り率10-4に対し,BASコードが誤る確率は5.6x10-10に改善され,誤ったBASコードが受信される平均間隔は1.1年となります[7-5].
因みに,当初のH.221草案では同じBAS符号を8フレーム繰り返し,5/8多数決(8個のうち5個以上同じ符号があれば,それを受信符号とする)で誤り保護をすることになっていましたが,これでは通信制御チャネルの速度は100 bit/sに低下し,80 ms毎にしかマルチメディア多重のビット配置を変えられませんので,誤り訂正符号を利用して制御の高速化を図る筆者の改良提案が受け入れられました.
BASコードの符号化で次に問題となるのは,FASとBASが同じ20 ms周期を持ち,BASコードと対応するパリティの組み合わせによっては,'0011011' + '1'の同期符号と同じパターンとなって,同期符号と誤る(擬似同期を生じる)ことです.そこでH.221では,和田正裕氏(KDD)の提案により伝送時に一部ビットの入れ替えを行ない,この問題を回避しています[7-5].
BASコードで送られるメッセージは,1バイト,2バイトもしくは可変長バイトからなり,音声符号化モード,映像符号化モード,転送レート,データレートの選択のための能力符号ならびにコマンド符号が定義されています.最初の3ビットは属性を表わし,残りの5ビットが属性値を表現します.8個の属性とその意味を図7-6に示します.この図には,BASコードの全体を併せて示しています.
ここで属性 = '111'を除いた通常のBASコードは,1バイト符号です.属性 = '111'のBAS符号32個はエスケープ符号と呼ばれ,それ自体はインデックスで,次のバイト以降が実質のメッセージを表わす符号となります.
BAS符号が有効になるのは,そのBAS符号を含むサブマルチフレーム(20 ms期間)の次のサブマルチフレームの先頭からで,このタイミングで送受のマルチメディア多重・分離が同期して動作します.H.221のマルチメディア多重化はこのように一方的に(すなわち送受同期的に)動作し,受信側からの確認はありません.そのためにBAS符号に冗長なパリティ符号を加え,誤り保護しています.
BAS符号は3ビットの属性と5ビットの属性値で定義されます.音声,映像,データにどのような符号化を用いるか,通信全体の転送レートはいくつに選ぶかなどの通信モードを指定するとともに,端末の状態(マイクロホンをミュートしたなど)を伝えるためにBAS符号が送られます.
3) 複数チャネル間の同期
通信目的によっては,ISDNで提供される単一チャネルの伝送容量(64, 384, 1536/1920 kbit/s)では不適当で,その中間の伝送容量が望ましい場合もあります.これには,複数チャネルを用いて対処します.64 kbit/sチャネルを2本用いて合計128 kbit/sの伝送容量とし,音声16 kbit/s,映像約100 kbit/sのような分割を行なうテレビ電話が一例です.
複数のチャネルが端末・端末間に設定されても,ネットワークでは,その間の相対遅延時間は零には保たれていません.それぞれのチャネルにFASが入っていますので,これを見ながら複数チャネル間で同期合わせをして,1本の高速チャネルが存在するかのように使うことができます.
勧告ITU-T H.221には,このような用途に備え,最大24チャネルまでの複数チャネル間同期を取ることができるよう,FAS/BASにフレーム番号,マルチフレーム番号が用意されています.これを頼りに最大1.28秒(=160x16/2 ms)までの相対遅延を補正できます.たとえば,2本の64 kbit/s回線(Bチャネルと呼ばれる)を用い合計128 kbit/sの伝送容量とする場合,最初のBチャネルは地上回線により,追加のBチャネルは衛星回線によって提供されることがあります(コラム7-1参照).この場合,相対遅延時間差は200 ms程度になります.送信側で同位相で送り出された信号は,受信側でまず2チャネル間のマルチフレームの位相合わせを行ない,さらにマルチフレーム番号を比較して片側のチャネルを必要なだけマルチフレーム時間の整数倍遅らせることで,2チャネル間を同期合わせすることができます.