コラム6-4 映像フォーマットの熱い議論
H.261標準化作業の最初の難関は,符号器入力の映像フォーマットをどう定めるかでした.前提にあるのは,テレビ会議端末装置に用いるカメラ,ディスプレイは,1985年当時,SDTV放送用の機器が主力でした.HDTVの放送サービスはまだ始まっていませんでしたし,コンピュータで映像を扱うこともまだ夜明け前の状態でした.従って,テレビ会議用映像codecの入力はその地域のSDTV放送規格が基本となります.困ったことにテレビジョン方式は,世界で走査線数525本,フィールド周波数60 Hzの525/60方式と走査線数625本,フィールド周波数50 Hzの625/50方式に二分されていました.
このような状況下でテレビ会議の国際接続をどのように確保するかが問題でした.一つの方法は,それぞれの国のフォーマットで送り出し,受信に際しテレビジョン番組の国際中継で行われるような方式変換装置を用いて受信側のディスプレイが表示できるように変換するdual formatのアプローチです.もう一つの方法は,図C6-4に示しますように,CIF (Common Intermediate Format)という世界単一フォーマットを定め,どの端末も自国のフォーマットをその単一フォーマットに変換して符号化するsingle formatのアプローチです.
テレビ放送標準の地域による違いを乗り越えて,世界中で相互接続できるテレビ会議システムの標準を作る,という視点でH.261では符号器の入力と復号器の出力をCIFに統一する合意がなされました.すなわちsingle formatアプローチが採られました.
それぞれに一長一短があります.single formatでは必ずどの端末とも相互接続性が確保できます.しかし自国内の通信でもテレビフォーマットからCIFへの変換が行われるのは品質劣化を招くし,無駄な処理のように見えます.品質劣化については,想定していたのが384 kbit/s程度のビットレートだったことから,もともとテレビ放送のフォーマットより小さくせざるを得ないため,所詮品質劣化は避けられない,という事情がありました.dual formatの場合には方式変換に伴う品質劣化は国際接続の場合だけに限られるのに対し,国内でしか使わないからと方式変換を省くような実装が現れると国際接続ができなくなってしまう懸念がありました.この議論は標準化会合に参加の皆さんが自国のテレビ放送フォーマットを背負っていることから,熱くなりやすいテーマで,H.261標準化の専門家グループでは結局パラメータの選択で譲り合ってsingle formatのアプローチを採ることとなり,図6-30のCIFが決まりました.
後に,低ビットレートでCIFより小さなフォーマットを選ぶとき,逆に高ビットレートで大きなフォーマットを検討する際にもフォーマット問題は議論になりました.しかし,高ビットレートで高品質の領域では,符号化の前にフォーマット変換で生じた歪みは取り除きようがないので避けるべき,複数のフォーマットを表示できるディスプレイもある,などの理由で,映像codecが複数フォーマットに対応できるようにする,というのが現在のアプローチです.背景にはコンピュータ上の映像アプリケーションでは多様なフォーマットを扱いうる,という技術の進歩があります.
フォーマット問題の議論の中で,映像処理のし易さから画素のアスペクト比を1:1にすべき,との考えが出されました.図C6-5に示しますように,SDTVでは画素の形が縦長であるのに対し,コンピュータの世界では正方形(square pixel)になっています.HDTVや4K/8KのUHDTVでは,画素の形を正方形にしています.