8.3.1 H.320システムのマルチポイント制御
1) マルチポイント・テレビ会議のシステム構成
マルチポイント・テレビ会議システムの核となる要素MCU (Multipoint Control Unit)は勧告ITU-T H.231[8-54]で,通信制御は勧告ITU-T H.243[8-55]に規定されています[8-56].
H.320端末,ISDNとMCUからなるマルチポイント・システムの構成を図8-27に示します.複数の端末がMCUにスター状に収容され,MCUが1台の場合のみならず,複数台が用いられる構成も可能です.複数MCUの構成は,例えば大陸をまたがり,東京の3地点,ニューヨークの2地点が参加するような場合に有効です.
MCUでは各端末からの通信制御情報を集め,マルチポイント通信の制御を行います.また,音声,映像,データのメディア情報を集め,各端末に適した処理を行って,出力します.
基本的なポイント・ツ・ポイントの系のための端末が先行して設置されていることを考慮し,これらの端末が何の変更もなく多地点間サービスを受けられるよう通信手順が用意されています.すなわち,既存のH.320端末からは,MCUはあたかも一つのH.320端末として見えます.
一方,マルチポイント固有の機能のため追加で用意されたH.221 BAS符号による新たな制御機能を持った新たな端末は,より高度なサービスを受けることができます.例えば議長による会議制御では,既存端末が議長になることができないのに対し,規定のオプション機能を装備した新たな端末はこれが可能となります.
上述のごとく,MCUには多様な端末が収容され,共通の通信モードでのみマルチポイント通信が可能になります.どのモードが共通で適切かは,端末〜MCU間のネゴシエーションで決定されます.収容される端末の機能が極端に違う場合,例えば4地点間の会議で,3端末は384 kbit/sで通信でき,1端末は64 kbit/sでしか通信できないような場合,共通の通信モードを64 kbit/sに選択することは必ずしも適切ではありません.このような場合,384 kbit/s端末を一次端末として優先し,64 kbit/s端末は二次端末として扱い音声でのみ参加することを可能としています.
勧告H.231は,音声,映像,データ,制御からなるMCUの機能構成(図8-27に示したMCU部分参照)を記述し,多地点間通信の形態として,次を定義しています.
- 全ての端末が一つのMCUに接続されるスター形
- 二つのMCUが接続される亜鈴形(図8-28).MCU間は一次端末と同じビットレートで接続されます
- 中心となる一つのMCU(主MCU)に複数のMCU(従MCU)が接続されるMCUスター形
- 上記従MCUにさらに下位のMCUが接続されるようなMCU階層形.MCUスター形は2階層のMCU階層形と同義です
複数MCUの基本形で,2台のMCUにそれぞれ所属の端末が接続されるほか,MCU間も接続され,MCUで通信制御情報,メディア情報を処理したうえで,各端末に返されます.あらかじめ決められた設定によるか,自動の決定方法に従い,いずれか一方のMCUをマスターに,もう一方のMCUをスレイブにして通信制御が行われます.
また,MCUの能力は,音声,映像,データ,転送速度,制約網(56 kbit/s網)への対応などの能力の組み合わせからなり,非常に多くの設計があり得ます.勧告H.231はこれらを項目とそのパラメータの形で整理し,典型的な組み合わせ7種類を選び推奨MCUとして定義しています.どのような能力のMCUであれ,通信手順がH.242およびH.243に従っている限りマルチポイント通信の通信モードは決定されるので不都合は生じませんが,特定の組み合わせを推奨することにより,マルチポイント・システムの単純化,装置の経済化が意図されています.
2) 制御プロトコル
通信制御の基本となるのは端末・端末間通信制御に関する勧告ITU-T H.242[8-1]で,H.243にはそれに加える形で端末・MCU間,あるいはMCU相互間のマルチポイント制御方法が記述されています.制御に用いるメッセージは勧告ITU-T H.230[8-22]に規定するC&I信号(図8-9参照)です.
この勧告は,端末とMCUが呼接続された後,H.221のBAS符号によって行なうネゴシエーション,音声,映像,データ信号の処理など,インチャネルの通信手順を定めたものです(注:Q.931呼制御信号チャネルがアウトチャネル).
音声は,MCUに集められた後,一旦PCM信号に戻して他の信号と加算されます.ある端末には,自分のを除く全ての音声信号を加算したものが届けられるので,すべての参加対地からの音を聞くことができます.
映像は,MCUに集められたものの中から,特定の一つに切り替えられるか,もしくは複数地点からの映像を合成して届けられます.前者は下記3)で,後者は4)で説明します.
データは,特定の端末が送信権を得て,MCUにデータを送り,他の端末全てに同一のデータ信号が分配されます.
複数のMCUが含まれる場合,主(master)MCUは従(slave)MCUをあたかも一つの端末のように見なすことで,手順は進行します.主従関係決定の手順はH.323に記述されています.
その他,勧告H.243では,より高度な機能として,次のような機能がオプションで規定されています.ここでオプションの意味は能力交換に基づき起動されるということです.
① 端末の番号付け
マルチポイント会議を構成している端末とMCUには,その会議中有効な固有の番号が付与されます.MCUには8ビットの番号<M>が,端末には直接収容されているMCUの番号と8ビットの端末番号<T>からなる16ビットの<M><T>が付けらます.これらの番号は,複数チャネル,例えば64 kbit/sチャネルを2本,を用いて端末からMCUに呼接続して多地点間会議を構成するとき(meet-me形),MCUがどの呼とどの呼が一つの端末からの第1チャネルと追加チャネルに対応するのかを識別するためや,議長制御のために用いられます.
MCU番号<M>は事前にユニークな割り付けが行われ,端末番号<T>はマスターMCUがH.230メッセージTIA (Terminal Indicate Assignment)を用い{TIA, <M>, <T>}を送って指定します.ここで{ }内の3オクテット符号列は,TIAが1オクテットのBAS符号で,その後に各1オクテット符号2個が続くことを表しています.
② データ分配
H.221で定義されるデータチャネルは,マルチポイント通信でも用いることができます.ただし,送信権(トークン)を有する一つの端末からのデータをMCUが分配する形態のみ可能です.データ分配する際には,全ての端末で同じビットレートのデータチャネルを開かなければ,映像の切り替えができなくなります.もしある端末にデータチャネルを開く能力がなければ,最悪その端末にはデータ分配中は映像の送受信が停止されます.
H.243には,送信権付与の手順が規定されています.
③ 議長制御
議長制御能力を持つMCUはH.230 CIC (Chair-control Indicate Capability)を送出します.そのMCUが端末番号付与,議長トークンの付与,議長が指定する端末の会議からの切り離し,議長からの指示による端末への送信映像の選択,などの機能を有し,少なくとも一つの端末が対応する議長制御機能を有していれば,議長の制御による会議が可能となります.H.243は議長トークン付与,映像選択,などの手順を規定しています.
3) 映像切り替えの場合
端末から見るとMCUは端末の一つです.MCUでは発言者のいる会議室など特定の会議室を選んでそこからの映像を送り出します.どの会議室からの映像が選ばれたとしても,端末で受信できるためには,映像符号化のビットレートとアルゴリズムが全ての端末で揃っていなければなりません.
基本的な送出映像選択の方法は,発言した対地の映像を他の全ての端末に届け,現在発言中の対地にはその前の発言対地の映像を届ける方法です.
通信開始時のネゴシエーションの方法は,既存のH.242の原則,すなわち,受信能力を相手に伝え送り側が自らの送信能力とつきあわせて実際の送信モードを決定する方法,が取られます.ただし,マルチポイント通信の場合,全ての端末とMCUの間で音声,映像,データなど個々のメディア信号のビットレートが同一でなければなりません.
これは,映像をMCUで切り替えるためです.今端末Aが端末Bからの映像をMCU経由で受信していたとして,次に端末Cからの映像を受信するようにMCUで切り替えられたとします.マルチメディアを多重したビットレートは一定ですから,端末Bからの映像ビットレートと端末Cからのそれが異なると破綻をきたしてしまいまます.
勧告H.243では,マルチポイント通信に用いられる共通の通信モードを選択通信モード(SCM, Selected Communication Mode)と呼びます.SCMはMCUで固定になっている場合もあり,標準には規定されない何らかの方法で自動的に決定される場合もあります.いずれにしても,MCUに端末が接続されれば,MCUはSCMの能力を送り,端末が接続される都度その能力を蓄えるとともに,端末からMCUの方向への転送ビットレートと音声ビットレートをMCUから端末への方向の値に一致させるコマンドH.230 MCC (Multipoint Command Conference)を送り,上り下りで対称なチャネルを構成します.必要ならいずれかの端末を音声のみの二次端末として扱う場合もあります.
自らの映像を全対地で見て欲しいときは,MCUに対しH.230 MCV (Multipoint Command Visualization-forcing)を送って実現します.
もし,オプションである議長制御の機能がMCU,端末に用意されていれば,議長の選択によりどの対地にどの映像を送るかがH.230 VCB (Video Command Broadcast)メッセージにより{VCB, <M>, <T>}の形で制御されます.また同じくオプションである端末からの映像選択の機能が用意されていれば,H.230 VCS (Video Command Select)メッセージを{VCS, <M>, <T>}の形で送出することにより,発言とは無関係に希望の対地の映像を受信することができます.
映像切換によるマルチポイント通信の流れと用いられる制御メッセージを第3.3.6項に記しました.
4) 映像合成の場合
この場合も端末から見ればMCUは一つの端末です.ただし,MCUで映像合成が行われるために,各端末とMCU間の通信モードは区間毎に独立に選ぶことも可能です.ビットレートやアルゴリズムが違っていても,MCUで一旦復号し複数映像を合成の後,再符号化するからです.従って映像切換の場合に比べシステム構成の自由度が大きくなり,その選択はMCU製造者の裁量に委ねられています.ただし,データについてはトークンを得た端末からの情報をほかの全ての端末に分配しますので,ビットレートを合わせなければなりません.
H.243では1画面に2対地,4対地,6対地,9対地,16対地を合成するMixパターンを用意し,それに1〜8の番号付けをして(2対地が4種類)<M>で表します.MCUが合成パターンを示すときはH.230 VIC (Video Indicate Compose)を用い{VIC, <M>}のメッセージによって行います.M=0は,H.243規定外のパターンが用いられることを意味します.
映像合成の場合も,MCUの設計により,上記映像切り替えの場合に述べましたH.230 MCV, VCB, VCSメッセージに従う動作をします.