VTVジャパン テレビ会議教科書

テレビ会議教科書 VTVジャパン株式会社

2.3.10 多彩なネットワーク環境の利用

 テレビ会議に使えるネットワークは,1990年代初めはディジタル専用線かISDNに限られていました.この時期CCITT(ITU-T)では,次世代の広帯域ネットワークとしてATM (Asynchronous Transfer Mode)技術に基づくB-ISDN (Broadband ISDN)のプロジェクトが活発化し期待が膨らみました.B-ISDNは,53バイトの短いパケットで全ての情報を送るネットワークとして構築され,利用者とのインタフェースは156 Mbit/sあるいは622 Mbit/sが基本で,後に25 Mbit/sのインタフェースも追加されました.ISDN利用テレビ会議では,提供されるビットレートが限られていて,当時の映像符号化圧縮性能では映像品質が実用になる下限に近かったことが,B-ISDNに期待した背景です.
 筆者がリーダを務めた映像符号化標準の専門家グループでは,1990年よりB-ISDN利用映像通信システムのための映像符号化標準をISO/IEC JTC1/SC29傘下のMPEGと合同で作業し,1995年7月,MPEG-2の名で知られるH.262[2-52]を策定しました.またそれを受けたオーディオビジュアル通信システム標準H.310[2-53]を1996年11月に策定しました.ここで,ISO (International Organization for Standardization),IEC (International Electrotechnical Commission),JTC1 (Joint Technical Committee 1),SC29 (Sub Committee 29),MPEG (Moving Picture Coding Experts Group)は標準化機関とその下部組織の名前です.
 しかし,インターネットに代表されるIP (Internet Protocol)網の普及に押され,B-ISDNは期待されたようには浮上せず,H.310準拠のシステムも日の目を見ることなく終わることとなりました.
 ATM網志向のシステム検討過程で,1990年代前半に二つの新たな流れが生まれます.
 一つはGSTN (General Switched Telephone Network)あるいはPSTN (Public Switched Telephone Network)と略称されるアナログ電話網利用のシステムです.1992年に標準化作業が始まりました.アナログ電話網は世界中どこでもアクセス可能で,どことでもつながる点が他のネットワークにない特長です.提供されるチャネルはアナログ電話帯域ですが,端末にモデムを設置することにより最大56 kbit/sのディジタル回線交換網として使うことができます.この低いビットレートの中に音声,映像を収容するため,超低ビットレートの符号化が作業され,5.3 あるいは6.3 kbit/sの音声符号化G.723.1[2-54],40 kbit/s程度の映像符号化H.263[2-55]とともにシステム標準H.324[2-56]が策定され,準拠ソフトウェア製品もIntel社により無料配布されたりしましたが,利用が定着するには至りませんでした.
 低ビットレートの領域では,携帯電話のネットワークも着目されました.移動網は当初からディジタル回線交換網として作られましたので,その中でテレビ電話がサービスメニューとして期待されたのです.移動網には,使用環境によって伝送誤りが生じることが避けられないことから,H.324のシステムでは不十分です.これに伝送誤り耐性を加えたシステムが必要ということで,1998年2月,H.324の中にそのためのAnnex Cが追加されました.携帯電話は当初数kbit/sのチャネルを用いていましたので,移動網上のテレビ電話が日本で具体化したのは32 kbit/sのビットレートを用いるPHS(Personal Handyphone System,1995年7月サービス開始,32 kbit/sデータのサービスは1997年4月開始)からです.その後,移動通信網は2000年代初めに第三世代(3G, 3rd Generation)へと進化し,全ての携帯電話でH.324 Annex Cが搭載されるようになりました.
 もう一つはLAN (Local Area Network)の上のシステムです.LANはイーサネットが典型例で,1990年代前半にはコンピュータ間通信のためにオフィスあるいはその他の業務環境で広く使われていて,10 Mbit/sとか100 Mbit/sのチャネルを複数の利用者が共用していました.これは,ISDNや電話網よりはるかに高ビットレートのネットワークなので,映像通信に使わない手はない,というのが1993年に検討を開始する動機でした.ただし,ISDNや電話網と異なり,利用者ごとにチャネルの帯域を割り当てるわけではないので,他に誰も使っていなければ非常に高速の通信が可能ですが,トラフィックが増えれば利用者あたりの帯域は狭くなったり,極端な場合,なかなか通信できなくなったりします.LANを流れるパケットは当初はIPX (Internetwork Packet eXchange)パケットなどいろいろありましたが,ローカルなネットワークを相互につないで広域ネットワークにするインターネット技術の進展とともに,IPパケットに淘汰されました.
 IP網利用の映像通信システムは,ITU-Tでは1996年11月,H.323[2-57]として標準化されています.