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1) 誕生の経緯

 H.323標準化作業の始まりは,第2.3.10項第2.3.11項で述べましたように,1990年にISDN環境下のオーディオビジュアル通信システム勧告H.320の初版が完成し,ISDNよりもっと広帯域の可能性を秘めたLAN (Local Area Network)が着目されたことです.
 オフィス環境に広く使われているLANは,イーサネットのように,トラフィックに応じパケット到着遅延やパケット損失の生じることがあります.これはLANがもともと非リアルタイムのコンピュータ間通信用に開発されたもので,電話網に根ざすISDNとは設計思想が異なるためです.この種のLANは,オーディオビジュアル通信の視点からは,伝送チャネルのサービス特性(QoS, Quality of Service)が他の利用者の存在に左右されるという意味でQoS非保証形(ベストエフォット形)LANと呼ばれます.ネットワークを使ううえでH.320端末が有する以上の機能を必要とします.
 QoS非保証形LANの上で動作し,かつISDN上のH.320端末との相互通信が可能なオーディオビジュアル通信システムH.323は,たとえ通信品質が少し劣化したとしても既に設置ずみのLANが使えることから強い市場ニーズが予見され,1995年以降集中した検討が行われました.
 1993年の作業開始当時は,既存のH.320が強く意識され,それと相互接続できない新たなシステムを標準化すべきではない,という意見もありました.そのために,品質保証LANの環境で動作するH.322と,品質非保証LANの環境で動作するH.323が分けて作業されたのです.ITU-Tには既存方式と新たな方式が相互通信できるbackward compatibilityを大事にする伝統があり,ここでもその伝統が考慮されたわけです.
 従って,1996年11月制定のH.323初版の標題は"Visual telephone systems and equipment for local area networks which provide a non-guaranteed quality of service"で,ISDNとは異なり品質非保証のLANを対象とすることが明記されています.既存H.320システムとの相互接続は第9.8節で説明しますゲートウェイ経由の方法によります.
 企業内通信のためのLANならびにグローバル通信のためのインターネットが普及するとともに,ISDNの回線交換網ではなくパケット交換網の通信環境が支配的となりました.そこで1998年2月制定のH.323第2版以降は,標題がアプリケーション,ネットワークの双方についてより一般的な"Packet-based multimedia communications systems"と変わりました.さらに現在ではネットワークの淘汰が進みパケット交換網と言えばIPパケット交換網を指すようになっていますが,そのことはH.323の標題に反映されずに来ています.
 産業界の関心がH.323システムに集まったのは,IP網での呼制御プロトコルを初めて開発したこと,これによりVoIPサービスが可能になったこと,電話は多くの利用者を擁する巨大なビジネスで参入を意図する会社も多かったこと,が要因です.
 一方,インターネットのプロトコル標準化を進めるIETFでは1990年代末にSIP[9-18]を開発し,こちらもVoIP実現手段として支持されています.現状はVoIPあるいはテレビ会議市場で,H.323システムとSIPシステムが併存しています.市販通信機器ではH.323とSIP両方とも搭載している場合が少なくありません.時代の経過とともに利用者の選択に基づいて淘汰されていくか,あるいは棲み分けが行われるでしょう.

2) システム構成

 H.323システムの構成(ゾーンという概念が導入されます)を図9-7に示します.構成要素は,1台かつ1台だけのゲートキーパ(GK)とそれが管理する配下の端末(Tn),ゲートウェイ(GW, Gateway),MCUです.ゾーンはルータ(R)で接続された複数のネットワーク区間からなる分散形のネットワーク環境でも適用されます.ゲートキーパは,端末,ゲートウェイ,MCU(これら3要素はエンドポイントと総称されます.第8.3.2項 1)参照)がIP網にアクセスする際のアドレス変換,アクセス制御,帯域管理などの機能を持ちます.ゲートウェイはIP網の外側にある端末との相互通信のためのプロトコル変換を行います.MCUは,複数端末あるいはゲートウェイが参加するマルチポイント通信を可能とし,機能的には通信の制御を実行するMC(Multipoint Controller)とメディア信号の処理を実行するMP(Multipoint Processor)から構成されます.IP網では,ISDNのようなポイント・ツ・ポイント接続をベースとするマルチポイントのほか,IP網に固有のマルチキャスト機能を活用したマルチポイント通信が可能なことから,このようにMC/MP機能を分離して一般化が図られています.

 

図9-7 H.323システム構成(ゾーン)

H.323システムの構成要素は、端末,ゲートウェイ,MCU,ゲートキーパです.この図のように一つのゲートキーパが管理する領域は勧告H.323ではゾーンと呼ばれます.これが基本的な単位で,ゲートキーパ間で連携することで大規模システムになります.

 

 ゲートキーパはH.323システムを特徴付ける要素です.現在では呼制御を司る独立した要素になっていますが,1995年5月にこの命名が行われるまでは,ゲートウェイにこのような機能が必要と考えられていました(コラム9-3参照).当初H.323端末は独自の世界を築くというよりは,既存のH.320端末とゲートウェイ経由でつながって価値を発揮すると考えられていたからです.
 ゲートキーパの機能をまとめますと,次のようになります.

  • H.225.0[9-27] RAS(RAS: Registration, Admission, and Status,登録・通信許可・通信状態)制御信号による

- アドレス解決:alias address(例えば電話番号,e-mailアドレス)とtransport address(IPアドレス + ポート番号)の変換
- 接続承認制御:網資源などに基づき呼接続要求を許可するか否かの制御
- 呼要求管理:呼接続要求が正当か否かの管理
- 帯域幅管理:接続要求に対し使用可能な帯域幅の指示
- ゾーン管理:ゾーンに登録された端末,ゲートウェイ,MCUに上記サービスを提供

  • H.225.0[9-27]呼制御信号(CS, Call Signalling)による

- 呼接続制御信号処理:呼接続,呼切断などの実行

3) プロトコルスタック

 H.323システムのプロトコルスタックを図9-8に示します.トランスポートレイア以下の部分(図9-8では"LAN"と表示)は勧告の対象外で,その上のマルチメディア情報のパケット化,同期の機能は,RTP/RTCPとメディア情報のパケット化に関するRFCを参照してH.225.0に規定されています.H.225.0は呼制御のプロトコル標準として知られていますので奇異な印象ですが,H.323標準化作業の最初の頃はH.323システム制御に関わる機能分担が勧告間で未分明だったことが原因です.

 

図9-8 H.323プロトコルスタック

H.323プロトコルスタックは,reliable transportのTCPとunreliable transportのUDPの上に規定されます.H.245プロトコルとH.225.0呼制御プロトコルはTCPの上で,H.225.0 RASプロトコルとメディア符号化情報を運ぶRTP/RTCPプロトコルはUDPの上で動作します.H.323システムで必須の要素標準は青字で,オプションの要素標準は黒字で書かれています.H.323はVoIPのアプリケーションを意識し,G.711音声符号化を必須とし,映像符号化は全てオプションとなっています.勿論テレビ会議システムでは映像符号化は欠かせません.その場合の必須映像符号化はH.261 QCIFと勧告H.323は規定しています.

 

 システム制御に関わるチャネルは,他のシステムと同様に呼制御チャネル(H.225.0[9-27])と端末間制御チャネル(H.245[9-28])があるほか,H.323システムではさらにLANへのアクセスを制御するRAS(Registration, Admission, Status)チャネル(H.225.0[9-27])が定義されています.呼制御のメッセージは,Q.931[9-29]に基づいています.
 LANの代表例は,ネットワークレイアにIP,再送をしないunreliable transportにUDP,再送を含めたreliable transportにTCPを用いるもので,現在ではこのネットワークプロトコルに集約されています.H.323システムの設計条件ではその他のプロトコルを用いるLANでもかまわないことになっています.

4) H.323通信の流れ

 H.323は,端末(T),ゲートキーパ(GK),ゲートウェイ(GW),MCUの配置により多様なシステム構成を許容しますが,代表例として,図9-9に示します両端末が異なるゾーンに属する場合(すなわち異なるゲートキーパに管理される場合)の通信は,次のように進んで利用者がサービスを受けるに至ります.なお所属するGKの探索は通信に先立って行われ,その手順もH.225.0に定められています.

 

図9-9 H.323システム情報の流れ

端末AがゾーンAに,端末BがゾーンBに属する場合のH.323情報の流れです.大きくは両端末間でH.225.0 RASメッセージ,H.225.0呼制御メッセージ,H.245通信制御メッセージとメディアストリームがやり取りされます.H.225.0メッセージはゲートキーパで中継されます.ここで,H.225.0 RASメッセージはUDPで送られ,GRQやLRQはマルチキャストされます.H.225.0呼制御メッセージとH.245通信制御メッセージはTCPで送られます.メディアストリームの伝送にはUDPを使用します.

 

① フェーズA:呼設定
 H.323はパケット交換網における呼設定の手順を提供していることに特徴があります.そのためのメッセージ交換を第8.2.2項で説明しました.
 (a) 通信を開始しようとする発呼端末Aは,まずRASチャネルを通じ,通信相手,使用帯域幅などのパラメータをつけてGK Aに接続要求メッセージARQを送る.
 (b) GK Aは相手端末Bを探すため,LRQ (Location Request)メッセージをネットワークに送り,所属のGK BがLCF (Location Confirm)で応答する.
 (c) GK AはACK(ACFメッセージ)を端末Aに返す.その際,次のH.225.0呼制御メッセージ転送に用いるチャネルのトランスポートアドレスをつける.拒否の場合はNACK(ARJメッセージ)を返す.
 (d) 発呼端末は,上記トランスポートアドレスにより,H.225.0呼制御メッセージチャネルを通じて,GK AにSetupメッセージを送り,GK Bを経由して端末Bに届く.
 (e) 着呼端末Bは確認のCall Proceedingを返す.
 (f) 着呼端末Bに応答の用意があれば,RASチャネルを通じGKに接続要求ARQを出す.
 (g) GK Bは端末BにACK(ACFメッセージ)を返す.拒否の場合はNACK(ARJメッセージ)を返す.
 (h) GK Bが接続を許可すれば,端末BはH.225.0呼制御メッセージチャネルを通じAlertingを送る.このメッセージはGK B, GK Aを経由して発呼端末Aに届く.
 (i) 続いてConnectメッセージをGK B,GK A経由で発呼端末Aに向け返す.その際,次のH.245メッセージ用制御チャネルのトランスポートアドレスが付随する.
 なお,LAN内の帯域を予約することも可能ですが,これはフェーズAに先だって行われ,その方法はH.225.0/H.323勧告の対象外です.

② フェーズB:能力交換
 フェーズAで定められたH.245制御チャネルを通じ,両端末間でH.245メッセージによる能力交換などが行われます.H.245は,異なるオーディオビジュアル通信システムで共通に利用される制御プロトコルで,能力交換のほか,マスター・スレーブの決定方法,論理チャネルの開閉,制御・表示情報伝達などの機能ブロックを定めています.制御チャネルは双方向を前提に制御メッセージを送るたびにACK/NACKにより確認するプロトコルで,シンタックス,セマンティックス,処理方法を分けて規定しています.

③ フェーズC:オーディオビジュアル通信
 能力交換に基づき,使用する通信モードが決定され,H.245の手順に従って必要な論理チャネルが設定されます.このとき,RTP/RTCPのポート番号が伝えられます.音声,映像は,RTPパケットにより転送されます.

④ フェーズD:通信中の帯域変更
 何らかの理由で通信中に使用帯域(ビットレート)の変更をしたい場合は,RASチャネルによるパラメータの伝達,H.245制御チャネルによる制御メッセージのやりとりにより,該当論理チャネルの解放,新たな論理チャネル設定の手順が実行されます.

⑤ フェーズE:通信終了
 すべての通信チャネルを解除します.

 上記のように,H.323では各フェーズで異なる制御チャネルを設定し,そのアドレスは直前のフェーズの制御メッセージに埋め込まれます.この様子を図9-10に示します.

 

図9-10 H.323通信における宛先情報の獲得

通信開始時に端末はゲートキーパにアクセスし,ARQメッセージで通信許可を要求しその応答ACFメッセージで次のH.225.0呼制御メッセージを送るべき宛先アドレスを獲得します.H.225.0呼制御信号Setupに対する応答Call Proceeding,Alerting, Connectメッセージのいずれかあるいは全てにより次のH.245通信制御メッセージを送るべき宛先アドレスを獲得します.最後にH.245論理チャネル設定メッセージにより,メディア情報のRTP/RTCPポート番号を獲得します.

 

5) Fast Connect手順

 H.323通信ではメディア信号が届き音が聞こえ映像が見えるようになるまで,何度か制御信号のやり取りがありますので,時間のかかる場合があります.テレビ会議では全体の通信時間が長いので,接続までの時間が問題になることはあまりないのですが,VoIPの場合には,電話の音が聞こえるまでに時間がかかり過ぎるとの反応がありました.
 電話のような簡単な端末ではH.245が用意する豊富な能力定義は必要ありません.そこでH.323ではSetup/Connectなどの呼制御メッセージにH.245のTCS(Terminal Capability Set)やMSD(Master Slave Determination)メッセージを埋め込むFast Connect手順を用意しました.これにより,図9-11に示しますように一廻りの呼制御メッセージのやり取りで論理チャネル開設に至ることができます.

 

図9-11 Fast Connect手順

VoIPの接続時間短縮のために考え出された通信方法で,H.245メッセージを呼制御メッセージに埋め込むことで,一巡のやりとりでメディア情報が届くようにしました.限られた機能の端末に適用されます.

 

 メディア信号の送受信に至るまでの時間短縮方法として,図9-12に示しますように複数のH.245メッセージを一つのパケットで送る方法があります.総メッセージ長が1500バイト(イーサネットのMTUサイズ)を越えない範囲でまとめて送ることができます.この図の例では11個のH.245メッセージが5個のパケットで送られています.

 

図9-12 複数H.245メッセージの1パケット転送

TPKTパケットに収まるならば複数のH.245メッセージを一つのパケットに入れることができます.H.245メッセージ交換の時間を短縮する効果があります.

 

6) H.323標準の進化

 H.323システム標準化は1995年以降精力的に進められ,新たな機能を加えながら改訂が行われてきました.その詳細を付録Aに示します.H.323システムのバージョン番号は,要件が勧告H.323のSummaryに記されており,構成要素であるH.225.0およびH.245プロトコルのバージョンにより図9-13のように決まります.H.225.0自身のバージョン番号は,Setupほかのメッセージに含まれるprotocoIdentifierにより,H.245自身のバージョン番号は,TerminalCapabilitySetメッセージ中のprotocoIdentifierで識別されます.

 

図9-13 H.323製品のversion識別条件

H.323製品がH.323標準の第何版に準拠しているかは,搭載しているH.225.0及びH.245の版数で決まります.H.323とH.225.0は同期して改版されていますが,H.245はその汎用性のために他のアプリケーションからの要求も入れて改版されるため,改版がより頻繁になっています.

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